小説

□ふたつの遊び
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始まりは手紙だった。





「…おや?」

家の玄関にある扉の、ほら。よくあるじゃないですか。四角い郵便ポストを家に取り付けちゃったぜ!みたいな。
その家のポスト(仮)からいつも通り一番早起きな黒子が、新聞を取りに来た時のこと。新聞の取り方を間違ってチラシを床にばらまいて悔しがっていた黒子が、ある小さな封筒をみつけた。

「これはまた…。お母さんに、ですかね?」

封筒を持ち上げて住所等を確認しようとしたが、どこにも掲載されてはいなくて。ただ、丁寧な字で黒子の家の住所と゛黒子テツヤ様" とだけ書かれていた。

「ボク宛て…?珍しいですね。」

黒子テツヤとは、家族の中で最も影が薄く、兄妹で申し込んだ進研ゼミでは妹の分だけしか届かず、おじいさんとおばあさんの家へ行き、お年玉をもらおうとすればなぜか自分の分だけはないなどとエトセトラ。
なにがいいたいかといえば、こんな影の薄い自分だけに手紙が届くというのは本当に珍しかった。

新聞をリビングに置き、駆け足で黒子は自分の部屋へと入る。ちらりと壁に掛かっている時計を見遣れば、まだまだ時間がある為、じっくりと手紙が読める。

「さて、中身はなんでしょうか。」

中身がセールスでも、ただの嫌がらせでも、もうなんでもいい気がしてきた黒子だった。







が。









「うわ…ぁ。」

これはひどい。


手紙の内容は便箋が2枚と写真が数枚。
どうやら嫌がらせではなさそうだと一息ついた黒子だったが、次の瞬間撤回しなければいけなくなる。
便箋にはひたすら文字が埋まっており、それはもう隙間一つなかった。
主は黒で書いてあるが、ところどころ赤い文字がチラチラしている。内容を読んでみても、最初の二行が限界だった。

『テツヤ君へ。
 手紙…届いたかな?君の手元に僕の手紙が渡るなんてうれしいなぁ。興奮しちゃうよ。テツヤ君はいっつも部活を頑張っているね、キセキの世代?だっけ。彼らともすごく仲がいいようにみえるよ…嫉妬しちゃうなぁ…』

赤い文字だけ辿っていっても、それはもう目も当てられないほどに酷くて。というか字が汚くて。要訳が出来なかったが、これはいわゆるストーカーというやつだ。と黒子は脳内で整理した。
ストーカーというのは、背後を追っかけまわしてくるだけじゃないんだなぁ、と何処か冷静になってきた黒子は思った。なんとも浅知恵。


「というか…これ…。」

よくよく読んでみると、書いてあるのは黒子のしたことそのものなのだが、少し可笑しい。
書いてあることが全て帝光中で、しかも部活動のことだけなのだ。まぁ、多分このストーカーはいい人なのだろう、黒子は特に気にも留めていなかったが次の分が黒子の目の色を変えた。


『ずっときみのことをみているよ』

「…ほぉう。この影の薄いボクをずっと、ですと?」

あのキセキの世代ですら見逃すことのある黒子を、ずっと見ていると宣言したストーカーに負けず嫌いな黒子は言わずもがな変な闘争心を掻き立てられたのであった。



**




「…流石です。ストーカーさん!」

また別の日の朝。
早朝にも関わらず大きめの声で叫んでしまったことに、黒子はしまった。と口を抑えた。叫んだあとの部屋にはシーンと痛い静寂が走る。黒子は必死に耳を澄ましてこちらへと迫って来る足音はないかと探ったが、案外なにもなく、なんとかやり過ごせたのだろうとホッとした。

そして問題は手紙へと移る。
あれから数日。ほかの人にとっては何の変哲もない数日間。その数日感で黒子は新しい遊びを楽しんでいた。

ルールは簡単。ストーカーの人に見つからないようミスディレクションを働かせ、隠れる。いわゆるスタイリッシュかくれんぼだ。
見つかっているか否かは次の日の朝、ストーカーからの手紙と写真を見れば一目瞭然だ。
あと、この間は触れていなかったが、写真には黒子のみが写っており、たまにチラチラと入る人影は全て黒で塗りつぶしてあり、あまり見ない様にしている。

「や、やばいです…。どんだけストーカーさんミスディレクション効かないんですか。化物ですか。」

さて、話は戻るがそのかくれんぼ…今のところ0勝5敗で黒子の完全なる敗北だった。

その日の事をつらつらと語る紙は嘘のことなんて書いておらず、写真は日付の所をみれば10分ごとに一枚位のペースでとってある。これは負けと認めるしかないだろう。

「今日は…おぉ、ランニングのことですか。」

やはりこのストーカーは特殊なようで、一日にひとつの話題しか書かない。
一日目は知ってのとおり部活の事で、

二日目から授業、

三日目が学食、

四日目が登下校、

そして今日が早朝のランニングについてだった。
書きたいことがありすぎて話題を絞っているのかはしらないが、黒子は別に気にしていなかった。それよりもスタイリッシュかくれんぼの方が大切ということもあったが。

「…?なんでしょう、この違和感。」

まぁ、いいか。





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